最近、センスに関するある本を読んだ。
その本によると、人類はセンスに関して5種類に分類できると書かれていた。

第一の種族・・センスのいい種族。
何をしようと何か意味が出てしまうような人で、何か独自のものの考え方があるように見えるし、
万人受けする。
一代で築かれたセンスではない。

第二の種族・・一応センスがいいといわれる種族。
先代から受けついだわけではなく、一代で築いたもので、時に反感ももたれる。
頭がよく、勘も働き積極的。
知識量が教養だと思っているところがあるが、そのわりに文化・芸術には明るくない。

第三の種族・・量的に一番多く、センスはあまりよくない。
しかしセンスというものの存在や、それが人類の知的水準に関わるものであることは知っている。
思考にオリジナリティーがなく優柔不断、付和雷同。
流行のファッションやブランドには目がなく、新しいレストランにすぐ行き、かなりおしゃべり。

第四の種族・・損得勘定で世の中を割り切る。
ハイソサエティー社会に素直な憧れがあり、手段を選ばず接近を試みる。
若い頃は第三の種族であった場合も多く、加齢とともに第四に。
陽気で行動力抜群。

第五の種族・・センスと無縁。
センスがないというより、センスという概念が思考の中にない。
家系的に代々にわたるケースが多い。
お人よしで誠実な人柄。


確かに第一の種族っている。
今までの人生で出会った中に「たぶん第一だろう」と思う人が2人いる。
ものすごいお金持ちの家で育ったわけではないかもしれないが(もちろん普通以上ではあるけれど)
文化レベルの高い家に生まれた感じがした。
何をやってもさまになる。
シワだらけのシャツを着てもかっこいい。
アイロンをかける時間がなかっただけかもしれないけれど、
わざとシワ付きで着ているかのように見える。
普段は多くは語らないが、やはり独自の美意識はあるように感じた。
そして「一点豪華主義」のような感じが無く、衣食住のバランスがいいように思った。


以前から感じていた疑問だけれど、「あの人はセンスがいい」とかセンスは理解できるのに、
なぜ自分も同じようにできないんだろう?
できないなら理解も出来ない方が幸せな気もする。(笑)
でもそれじゃ進歩しないからかな?


この本に書かれているように、確かにこの世にはセンスがいい人、よくない人がいると思う。
でもそれは、いわゆる「美」のセンスの話。
私はセンスにはいろんな種類があると思う。
音楽のセンス、スポーツのセンス、ユーモアのセンス・・・・・。
同じ音楽でもピアノと弾くセンス、作曲のセンス、指揮のセンス。

誰でも何かしらのセンスをもって生まれてきていると思う。
持って生まれたセンスの量は、そう変わりはないんじゃないかと・・そう思いたい。(笑)
でも何に対してセンスがあるかは、人それぞれ違う。
自分に向いているものと出会えるかどうかは、努力や運もあるかもしれない。




                                            2003/06/16 up








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